化石採集家、古生物学者
メアリー・アニング
Mary Anning
私はヨーロッパのどこでも
よく知られています
イギリス、ロンドンにある自然史博物館は世界有数のコレクションを誇る自然史系博物館です。その古生物化石の展示室に、ハンマーを手にした女性の肖像画が飾られています。場違いのように見えるその人の名はメアリー・アニング。現在「古生物学の女王」と呼ばれる歴史上で最も偉大な古生物学者なのです。
メアリー・アニングは、1799年にイギリス南西部沿岸のライム・リージスという夏は保養地になる小さな漁村で誕生しました。そして、生後1年3か月で子守に抱かれて祭りに行った折に、落雷が直撃。その場にいた3人が死亡し、メアリーだけが蘇生措置で息を吹き返しました。新聞でも報じられ、雷のお蔭で賢くなったという伝説が生まれます。
メアリーの父親は家具職人でしたが貧しく、海岸で化石を掘って避暑客に売り生活の足しにしていました。辺り一帯はジュラシック・コーストと呼ばれ、急峻な崖はもろく、ハンマーで掘ると化石がたくさん見つかります。化石探しは干潮の時がチャンスで、時には地滑りや激しい潮流に流されて命を落とすこともある危険な仕事。でも、「自分の持つすべての知識は父親から得たものである」と、メアリーは小さな頃から父親に化石掘りのコツを教わりました。
「自然からお宝を拾うことで暮らしていける」――アンモナイトなどの化石を見つけてはきれいに洗い商品にします。その父親が、彼女が11歳の時に他界。母親と兄との3人家族はたちまち困窮し、メアリーは化石で生計を立てることに。何よりも化石に魅せられていたからです。
そして、13歳で大発見をします。前年に兄が崖で不思議な頭骨を見つけ、待つこと1年。大嵐の去った早朝、崖の同じ場所が波で削られ胴体部分が露出していました。ワニに似た全長6m程のそれは、学者によってイクチオサウルスと命名された魚竜と呼ばれる海棲爬虫類骨格でした。はるか昔、今では絶滅した生き物が存在した先史時代があったという偉大な発見を成したのです。
「この不思議な化石はどうやってできたんだろう」「いったい何だろう」――化石への興味を深めたメアリーは、学校へは行けませんでしたが、独学で地質学や解剖学を学び、ひたすら観察し、細密な図を描き記録します。1823年には世界初のプレシオサウルス(首長竜)を発掘。1828年には空飛ぶ爬虫類プテロダクティルスを発見したのです。
さらに、骨盤辺りで見つかる塊は糞の化石であることを証明。イカに似たベレムナイトの化石には墨が入るインクバッグがあることも突き止めます。疑問点は地質学者と文通で解明し様々な発見をしますが、労働者階級の女性ゆえに論文を発表することは叶いませんでした。
それでも学者たちの間で“地質学のヒロイン”として有名に。文豪ディケンズは「道なき道を拓く不屈のイギリス人魂を見いだして人々は好意を抱いた」と書き記しています。
そして、名誉も富も無縁でしたが、化石学者としての自負心が強くありました。ザクセン国王がメアリーの店を訪れた際には、「私はヨーロッパのどこでもよく知られています」と不遜にも言い放ちます。しかし、乳癌のため47歳で亡くなります。
その3年後、故郷ライムの教会にメアリーの業績を称える美しいステンドグラスが贈呈されたのでした。
1799~1847年。化石採集家、古生物学者。イギリスのドーセット州ライム・リージス生まれ。11歳で父親が死去し、生計のため化石を採集し土産物で売る仕事を引き継ぐ。13歳で魚竜イクチオサウルスの全身骨格を発見。首長竜、翼竜、サメとエイの中間種の化石魚などを次々に発見し、先史時代の研究に貢献した。メリル・ストリープ主演『フランス軍中尉の女』、ケイト・ウィンスレット主演『アンモナイトの目覚め』のモデルとなった。