時を創った美しきヒロイン 神近 市子

時を創った美しきヒロイン

暗い道を手さぐりで歩いてきた心意気を知っていただきたい

神近 市子Ichiko Kamichika

 1916(大正5)年11月9日未明、神奈川県葉山の旅館日蔭茶屋で、無政府主義者の大杉栄が恋人の神近市子に刺され重傷を負う事件が起こりました。大杉は、妻の保子、元新聞記者の神近市子、さらに雑誌『青鞜』編集長伊藤野枝が新たに加わった四角関係の恋愛でマスコミを賑わしていた矢先の惨劇でした。
 市子は、1888(明治21)年に長崎県の海を臨む農村に生まれました。漢方医の父親が早くに亡くなり、跡継ぎの長兄も義兄も次々に病死。母と姉が機織りなどで一家を支える中、市子は「おとこおなご」と呼ばれる利かん気な娘に育ちます。
 一時、口減らしで他家に預けられますが、「手に負えない」と戻されます。しかし、その家で市子は蔵書の山を見つけ、隠れて読みふけったのです――「不幸な生活の中で、私はいくつかの幸せを拾った。その第一は読書の楽しみを知ったこと」
 学問に目覚めた市子は、親戚の援助で長崎の活水女学校に進学。「ああ、長崎!」――異国情緒たっぷりの街並み、広いテラスのある校舎に感動した市子は、英語を学び、文学にも傾倒していきます。やがて「東京でもっと勉強がしたい」と上京。
 東京では、津田梅子が創設した女子英学塾に編入。食事中でもトイレでも単語帳を手放さず猛勉強します。そして、アメリカ人教師と同居し、英会話力を実践で身に付けます。
 けれども、「本当に心を開いて語りあう友もなく……。私は孤独だった」。そんな時に読んだのが、平塚らいてうが創刊した『青鞜』でした。「私の求めている人々がいる」と感激した市子は青鞜に加わります。
 しかし、学校に青鞜のことがばれて、青森へ弘前高等女学校の教師として追放。弘前でも青鞜社員と知られクビに。青鞜の「新しい女」は危険思想視されていた時代でした。
 東京に戻った市子は、東京日日新聞に社会部記者として採用され、政治家や外国人へのインタビュー記事などで活躍。そして、社会主義にも関心を寄せるうちに、大杉栄と知り合い恋に落ちてしまいます――「まったく未知の激しい流れの中に身を躍らせてしまったのである」
 大杉は、フリーラブを提唱しますが、4人の生活は、ただ一人経済的に自立をしていた市子頼み。市子は恋愛騒動で新聞社を解雇されますが、翻訳で高収入を得ていたのです。
しかし次第に、大杉の思想の甘さに幻滅し、世間からは憐れまれ、惨めな思いを募らせていく市子…。そして、大杉と野枝が葉山に行ったことを知り、死ぬ覚悟で追い駆けます。口論の末、大杉が口にしたのは「金は返す。これで他人だ」。〝すべてが終わりを告げた〟酷い言葉でした。
 そうして、2年間服役。虐げられ罪を犯さざるを得なかった女囚たちに共感を寄せながら、31歳で出獄した市子は文筆生活に入ります。翌年、評論家の鈴木厚と結婚し、3児をもうけますが離婚。そんな市子は、自らの経験から社会的弱者に眼を向けるようになります。人権擁護、女性解放運動に力を入れていくのです。
 戦後は、衆議院議員となり、売春防止法成立などに尽力。「愚直女史」と評される程、自分を信じ人のために闘った波乱の生涯でした――「私の願いは、現代の婦人に、半世紀前の〝新しい女〟が何かを求めて暗い道を手さぐりで歩いてきた心意気を知っていただきたいことである」

1888〜1981年。ジャーナリスト、婦人運動家、翻訳家、政治家。長崎県生まれ。津田英学塾在学中に青鞜に参加。弘前高等女学校教師を経て、東京日日新聞の記者となる。恋愛のもつれから大杉栄を刺す有名な日蔭茶屋事件を起こし、服役。渦中の大杉と伊藤野枝は後に憲兵隊によって虐殺。戦後、衆議院議員を5期務めた。女性解放や人権擁護に尽力。著書、翻訳書多数。

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