時を創った美しきヒロイン アンネ・フランク

時を創った美しきヒロイン

わたしの望みは、死んでからもなお生きつづけること!

アンネ・フランクAnne Frank

 2010年8月、オランダのアムステルダムにある小さな広場のマロニエの大木が強風で倒れました。ニュースは世界中に伝わり、『アンネの日記』ファンを落胆させます。この木は、アンネ・フランクが日々隠れ家から眺め、生きる希望としていた通称「アンネの木」だったのです。
 アンネ・フランクは、1929年6月12日にドイツのフランクフルトでユダヤ人家庭に生まれました。両親と3歳上の姉マルゴーの4人家族で、幸せな幼児時代を過ごします。
 1933年、ヒトラーが政権を握ると、狂信的な反ユダヤ主義をとり立てます。身の危険を察した父オットーは、オランダのアムステルダムに一家を連れて脱出。ジャムの材料ペクチンや香辛料の会社を始めます。けれども、1940年5月、ドイツ軍はオランダに侵攻したのです。
 「あのころ、天国のような暮らしを楽しんでいた」
――規制があったとはいえ、アンネはまだユダヤ人の友だち同士で楽しい学校生活を送っていました。
 そして、1942年の13歳の誕生日。父からチェック柄の日記帳をプレゼントされたアンネは、大喜びします――「あなたになら、これまでだれにも打ち明けられなかったことを、なにもかもお話しできそうです。どうかわたしのために大きな心の支えと慰めになってくださいね」

 その約1か月後の7月5日。マルゴーにナチスから収容所移送の通知が届きます。オットーは、内緒で準備していた隠れ家にすぐに一家を移します。それは、オットーの事務所の裏側に造られた秘密の部屋でした。
 「すごく変わった貸し別荘で休暇を過ごしてるみたい」と、アンネは最初のうち、隠れ家生活を楽しみます。しかし途中で、ファン・ダーン夫妻と息子のペーター、歯科医の男性も加わり合計8人の生活に。狭い空間で息をひそめて潜伏する日々。些細なことでいさかいが繰り返されます。
 「ひとと話したい、自由になりたい、お友達がほしい、ひとりになりたい」――多感な思春期、鬱屈したあふれる思いを日記にぶつけるしかないアンネ。さらに、反抗期とあって、母親への嫌悪感もむき出しに――「ママにたいしては日ごとに軽蔑の念が深まるだけ」
 でも、閉塞した中でもアンネは常に前向きです。復学を夢見て勉強に励み、屋根裏からこっそり眺めるマロニエの木に季節の移ろいを感じ、幸福に浸ります――「自然こそは、あらゆる悩みへの慰安をもたらしてくれるものにほかならないのです」
 そして、初潮を迎え、性への興味や、ペーターとの初恋のときめきも隠さずに綴ります。さらに、未来への熱い思いも――「わたしの望みは、死んでからもなお生きつづけること!」「将来ジャーナリストとしてちゃんとやってゆけるように」
 1944年8月4日、隠れ家をナチスが襲撃。8人は強制収容所送りとなります。隠れ家生活を支援し続けたオットーの秘書ミープは、すぐさまアンネの日記を隠します。
 翌年6月、オットーがただ1人生還。そして、ミープから渡されたのが、亡き娘の日記だったのです。逡巡の末、オットーは日記の公表を決意。こうして、アンネは永遠の存在となったのです。「アンネの木」は残念ながら倒壊しましたが、その苗木は日本を始め世界各地に植樹され、平和の大切さを伝えています。

1929~1945年。作家。ドイツで生まれる。1933年、ユダヤ人迫害を逃れてオランダのアムステルダムに移住。1942年7月6日、隠れ家生活を開始。1944年8月4日収容所へ連行、1945年春に15歳の生涯を終える。戦後、生還した父親が日記を出版。この時、同居人や母親への非難、性への関心などを削除したが、後に〈完全版〉が出版。永遠の感動作となっている。

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