時を創った美しきヒロイン ジャクリーヌ・デュ・プレ

時を創った美しきヒロイン

弓を弦に走らせると…、音楽の美しさで自分がはちきれそう

ジャクリーヌ・デュ・プレJacqueline du Pré

 1967年6月15日、エルサレムで、22歳の天才チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレと、25歳の天才ピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイムの結婚式が挙げられました。クラシック界のスーパースター同士の夫婦は〝ゴールデン・カップル〟と謳われ、二人の華々しい活躍に世界中が熱狂したのです。
 そして、1973年4月、二人は日本のファン待望の来日を果たします。夫の指揮で、ジャクリーヌはドヴォルザークの協奏曲を弾く予定でしたが、コンサートは突然中止に…。
 ジャクリーヌ・デュ・プレは、1945年1月26日にイギリスのオックスフォードで生まれました。4歳の時、ジャクリーヌはラジオから流れてきたチェロの音に激しく反応します――「私はたちまち恋に落ちました。……それ以来、チェロは私の友だちになりました」
 かつてピアニストを目指していた母親は、喜んでジャクリーヌにチェロを習わせます。一度聴いた曲はすぐに覚えてしまう絶対音感を持ち、どんな曲も自分の曲想で奏でる芸術的天分を備えたジャクリーヌの才能は、すぐに開花。チェロ奏者に贈られるスッジア賞奨学金を史上最年少の11歳で獲得します。
 正式デビューは、16歳の時。聴衆はすっかり天才少女の演奏に魅了され、翌日の新聞各紙は「チェロを弾くために生まれてきた」などと絶賛。翌年には、難解なエルガーのチェロ協奏曲を情感豊かに演奏。この日から、エルガーの協奏曲はジャクリーヌの代名詞となったのです――「作曲家がある曲をページに記した瞬間から、それはもう彼のものでなく、私のものになるの」

 やがて、「スマイリー」と呼ばれる輝くばかりの笑顔、長い金髪をなびかせ、体全体を大きく揺らして情熱的に演奏するスタイルで、世界的なスターの座を獲得します。そして、1966年のクリスマス・イブ。ダニエル・バレンボイムと出会ったのです。たちまち才能が響き合い恋に落ちた二人。翌年、キリスト教徒であるジャクリーヌは、バレンボイムのユダヤ教へ改宗して結婚します。
 そして、夫のピアノに妻のチェロというデュオや、夫の指揮での演奏で世界中を駆け巡り、音楽史上に燦然と輝く名演奏を繰り広げます。しかし、多忙な中でジャクリーヌは奇妙な症状に苦しむようになります。手足のしびれ、目のかすみ、転倒。日毎に増していく疲労感…。けれども、ひとたびステージに立てば、音楽の歓びに包まれるのです――「弓を弦に走らせるとぞくぞくして、音楽の美しさで自分がはちきれそう」
 しかし、症状が悪化しても、医師の診断は異常なし。ジャクリーヌはあまりのつらさに精神的に不安定な状態に陥ります。ノイローゼとされ、日本公演をキャンセル後、28歳で事実上の引退に。病名が判明したのは、1973年の10月でした。多発性硬化症という難病だったのです。
 間もなく四肢の自由が奪われ車椅子の生活になりますが、気丈にも後進の育成や演奏会のナレーションなどを務めます――「人生は車椅子からでも始められるのです」
 命でもあったチェロを奪われるという想像を絶する絶望を味わったジャクリーヌが、天国に旅立ったのは42歳の時でした。聴く人の心を奪う鮮烈な演奏を永遠に遺して…。

1945~1987年。チェリスト。イギリス生まれ。幼くしてチェロを習い、天才少女と騒がれる。16歳でデビュー。エルガーの協奏曲で絶賛を浴び、20世紀最高の女性チェリストと称賛される。22歳でピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイムと結婚。夫妻の活躍に世界中が熱狂するが、’73年に多発性硬化症のため引退。42歳で死去。演奏期間わずか12年の名演奏はCDで聴くことができる。

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